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2005-09-11 23:58 | カテゴリ:[NY]その他
ジャンル:結婚・家庭生活 テーマ:思ったこと。


ちょうど4年前の9月11日。
私は、それから約2週間後、NYにいました。

その頃の街はこんなふうに祈る人が街に溢れていました。

続きの前に・・・よろしくお願いします。
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もちろん、最初、飛行機が飛ぶかどうかも分かりませんでした。
だけど、NYには妹がいて、どうしても行かなくてはいけない用事が
あったため、やっと飛んだ飛行機に乗って、行ったのです。

9月11日当日は、やはりテレビで見ていたのですが、まず頭によぎったのは、当時、妹は学校に通っていて、その日が新学期の初日だったということでした。





マンハッタンにある学校へ行っていたのですが、ちょうど転校したいと学校を探していたのですが、その候補に、あのワールドトレードセンターの中にある学校もありました。
確か、そこの学校はやめた、と聞いたような気がするのですが、どこの学校になったか、聞いていませんでした。

そのため、即、国際電話をかけました。
3度目くらいでつながったと思います。
いろいろ迷った末、ブルックリンにある学校へ通うことになっていて、転校1日目、まだ午前中の授業中、先生が急に呼び出され、学校があわただしくなり、その後何も言わずに全員帰るように言われたそうです。

そして、家に帰った妹ですが、テレビをつけても何も映らない状態だったらしく、私の電話をとるまでは何があったか分からなかったそうです。
何しろ、あのなくなってしまったWTCにテレビのアンテナがあったので、ケーブルテレビが入っていない人には、ニュースすら見ることができなかったというのです。





たぶん、情報は日本でテレビを見ているほうが多かったと思います。

政治的なことを言うつもりはありません。

ただ、あのまだ煙とほこりが舞うマンハッタン。
そして、行方の分からない家族を探す人の写真があらゆるところに貼られた街の様子。
あれを思い出すたびに、平和、というものに対して考えさせられるのです。




お店には、国旗とI Love NYのTシャツが溢れていました。

あのとき、通ったウォールストリートのビルの大きな窓が割れていたこと、埃に咳き込みながら歩く人々。
そんな光景が記憶にまだ新しい次の年、グランド・ゼロのあたりを通りがかりました。
展望台のようなものがあった頃です。
そして、また1年後近くへ行きましたが、もう、すっかり綺麗になり、訪れる人も観光客ばかりになっていて、まるで違う場所になっていました。

それと共に、昨年あたりはまだ、日本のニュースでも追悼などと報道がされていましたが、(今年は選挙のせいもありますが)ニュースで取り上げられるのも本当に減ってしまいましたよね。

あのショックや平和に対する考えは消えないで欲しいなと思います。

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